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title: だれもがしあわせに暮らせるまちへ
description: 小平市議会議員 安竹洋平 — だれもがしあわせに暮らせるまちを目指して
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### 少年時代
幼少期の写真
小学3年生の頃に両親が離婚し、兄とともに父のもとで育ちました。家庭環境は決して安定したものではなく、つらい経験も多くありました。誰にも同じ思いをさせたくない——その気持ちが、いまの活動の根底にあるのかもしれません。
### 大学時代
大学生時代
大学進学直後、父の会社がバブル崩壊の影響で経営困難になりました。学費の大半は大学の免除制度に救われましたが、生活費をまかなうため、力仕事や接客業、塾講師、家庭教師など、さまざまな仕事を経験しました。周囲の友人、恩師、親戚、地域の方々に支えられながら、なんとか学業を続けることができました。
### ソニー社員時代
ソニー社員時代
大学院修了後、ソニー株式会社に入社。子会社向けのITコンサルティング業務に従事し、海外販社と連携した資材調達・経営判断システムの開発、保守、教育を担当しました。業務の効率化にも関心があり、マニュアルの整備や作業の自動化など、身の回りから改善を積み重ねていました。
### ベンチャー企業での電池開発
国際規格会議 晩餐会にて
平成16年、電子顕微鏡で世界トップシェアのメーカーの知人から「画期的な新型電池が完成した」と誘いを受け、社内ベンチャーのACT株式会社に転職しました。しかし、自分で性能を測定してみると、その電池には製品化が難しい根本的な課題があることがわかりました。
その後、他社が発表した別方式の高性能な新型電池を分析する機会に恵まれ、同様の原理に基づく自社電池の試作にこぎつけ、製法特許の出願にも至りました。並行して、従来品から新製品へと開発体制を切り替えるため、データの分析結果を社内で共有し、勉強会を開くなどして理解を広げていきました。
その後は業界全体の市場拡大に向けた活動に参加。講演やPR活動を担当する中で、ノーベル化学賞受賞者の吉野彰氏とご一緒させていただく機会もありました。JEITAでは新型電池の国際規格化を進めるリーダー役を任され、IEC国際規格(IEC62813)の成立まで携わることができました。
### 宇宙飛行士選抜試験への挑戦
NASA宇宙飛行士訓練施設にて
ジェット訓練機のシートにて
高校生の頃、「月の砂を掘ってみたい」という純粋な好奇心から宇宙飛行士に憧れるようになりました。平成20年、10年ぶりにJAXAが宇宙飛行士を募集すると知り、応募。最終選考の10名に残ることができました。合格には至りませんでしたが、かけがえのない友人を得て、一生の財産となる経験をしました。
この経験を通じて、夢に向かって挑戦すること自体に大きな意味があると感じるようになりました。誰でも新しい一歩を踏み出すときは不安がつきものです。政治活動を始めたときも、ゼロからのスタートでした。不安を抱えながらも前に進む——そんな姿を自ら示すことで、誰もが挑戦しやすい社会に近づけるのではないかと考えています。
### 英語の会を主宰
英語の会イベント(Cookinglish)での一コマ
国際規格の会議に参加する中で、日本語だけでは得られる情報に限りがあることを痛感しました。また、社会人が気軽に集い学び合える場があればという思いから、平成22年、国分寺市で「英語の会」を始めました。
参加費1回1,000円程度、週1回の開催を4年以上続け、延べ50名ほどの方とご縁をいただきました。現在活動は休止していますが、当時つながった方々との交流は今も続いています。
### 起業、そして父に
まだ0歳の時の長男と
国際規格の仕事に携わる一方で、会社の経営は厳しさを増し、電池開発のベンチャー企業は清算となりました。平成25年、知人とともに起業し、インターネットを活用した物品・ソフトウェアの開発販売を始めました。
平成30年に第一子が、令和に入って第二子が生まれ、二人の父親になりました。妻が小平市出身であることもあり、子育てを通じて小平市への思いが強まり、このまちのために何かできないかと考えるようになりました。
### 小平市議に初当選、そして再選
議場にて
平成31年、多くの方々の応援により小平市議会議員選挙で当選することができました。見ず知らずの自分に期待を寄せ、力添えをくださった皆さまに、心から感謝しています。
令和5年には2期目の当選を果たし、再び信頼を寄せていただいたことに深く感謝しています。
だれもが夢を描ける小平を目指して、これからも地道に取り組んでまいります。
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